3回目 体験前

仏縁

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2回目の集中内観で劇的な体験をしてから、私の内観への信頼は疑いのないものになっていました。心に溜まった憎しみや怒りなど、負の感情を捨てられる手段があったという驚きと共に「現実に心が本当に楽になったので手放せない」という思いでした。

集中的に3つの質問を繰り返し考えさせるこのプログラムは、シンプルながら本当にすごい(生きる事の本質に関わっている)ということも感じられたのです。

この頃は、このように内観できたことは「仏」という存在の導きなのかという気持ちも、少しずつ深まっていきました。

なぜ30すぎて突然、元地上げ屋の坊さんと仲良くなり、しかもその人の心の風景が自分そっくりなのか?(私と和尚は親を恨み生きてきた心とその性格傾向がそっくりだった)

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いっぽうで、藤川和尚との交流から仏教の瞑想を続け、結果的にそのお蔭でふたたび内観する縁ができ、34年間の苦しみが一日で了解される体験ができたことに、何か意味も感じざるをえませんでした。

この辺から、だんだん自分と仏教の縁の深さを考えるようになって行きます。

内観は一度や二度で終わりになるものでもないという事も、徐々に了解されていきました。正直に言うと、まだ2回目の前にはそういう気持ちがありました。

2回目の集中内観に行く前、集中内観をこの1回で最後にしたい、そのためにはどうしたらいいかと本山先生に尋ねたこともあります。その時はあまりそんなふうに考えない方がいいですよと言われた記憶がありますが、本当にその通りでした。

ホームレスがお風呂に一度入ったところで、すぐに全身がきれいになるか。普通の人でも毎日お風呂に入らなければ、身体はどんどん汚くなる。内観するという事は、心を洗う事と同じだ、というわけです。 

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ずっと内観など知らずに生きてきた今までの心を見てみれば、それがいかに不幸やトラブルを引き起こしたかもよく了解され、その例えは納得がいくものでした。少しずつそういうことが解りはじめ、1年に1度は集中内観をしようと決めて迎えた3回目でした。

この時はなぜか女性の申込者が多かったそうで、普段なら男性が使う1階も全員、女性が使うことになり、初めて1階に寝泊まりさせていただきました。

白金台の内観研修所には、1階と2階の廊下に美しい中宮寺 弥勒菩薩像の写真がかかっているのですが、そのためこの回だけは1階の写真を初めて拝見しました。

通常女性が使用する2階の菩薩像は、バストショットで1階は全身像なのですが、結果的に3回目の集中内観ではこの1階の全身像の仏様が私を助けてくれました。

3回目 集中内観 へ続く