3回目 集中内観

お母さんをしてくれた観音像

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3回目の集中内観で印象的だったことは、よく夢を見た事です。

1日目の夢は、ワゴン車に家中の半端なゴミのようなもの(アルミホイルや食器など)を積み込み、移動販売のように売り歩こうとしている自分がいました。
心の中にあるゴミを研修所で捨てようとしている、私の心の現れだろうと連想されました。

2日目は、電車から自宅の最寄り駅を降りて家路を急いでいました。
電車の中で私はなぜか大きなデオドラントスプレーを手に、誰かと話していて、汚いものを直に掃除しようとせず、上辺だけきれいにしようとしている自分の心がそのまま現れていると感じました。

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3日目の夢は私の意識が脳のもう少し深い部分(脳の旧皮質)に入っていたのか、自分の肉欲が現れている夢を見ました。

4日目の夢では、海が見えてきました。広々としていて、鉛色でしたが波の細かいきらめきがたくさん揺れて光っていました。

海を見た時、毎日内観することで、深い記憶を掘り起こすにつれ自分の意識の層の底の方まで進んだのではと感じました。急に空間が広がり突き抜けた感じがしたのです。

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最終日に眠る時に、それまで1週間両親への内観を繰り返してきて改めて、私は淋しくて仕方なかったのだという事に気づきました。

私は0才から乳児保育と保育園に預けられており、共働きで主婦もしていた母親にはほとんど抱かれたことはありませんでした。

自分が赤ちゃんに戻って母親に抱かれたいと思っていることに気づきましたが、現実にはそれは叶わないことなので、それが悲しくて布団の中で泣いていました。

私は半分眠りかけた意識の中で、仏様に自分のつらさを訴えました。すると廊下の半跏思結惟の弥勒菩薩が写真からすうっと抜け出し、あのほほえみを浮かべつつのんびりと歩いてこちらへ来てくれました。

仏様は部屋にいらして、固いあの像の肌ではなく、柔らかい人間の肌をした女性になってくれたようでした。そして私は自然に赤ちゃんに戻り、やさしい顏の中肉の女性(弥勒菩薩)に抱かれていました。

これは空想だと解りつつ、気持ちがよくそのままうとうとしかけた時、この人は母と違い人間ではなく仏様なのだから、全身を預けても大丈夫だという妙な安心感から、私は赤ちゃんに戻ったまま全身の力を抜きました。

すると突然、頭の芯からドーッと暖かいお湯のようなものが、背骨を伝って腰の方へ降りて行ったことが解り、とっさに血の巡りが良くなったのだろうと感じました。

しばらくその気持ち良い状態に身を任せていると、身体の芯にずっとあった冷たいものが消えているような感じがして、とても身体が楽になりました。

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私は今まで身体の芯が冷たかったことに、まったく気付いていませんでした。急に身体がラクに暖かくなったので、今まで身体の芯が冷えていたと初めて気づいたのです。

この体験が何だったのかも未だに判りませんが、私の意識のかなり深いレベルで、何かが満たされたのだろうと思います。赤ちゃんの頃に満たされなかった部分が満たされたような印象でした。私は母に無意識にずっと遠慮していたようです。

自分の思い通りにはいかないという思いが私にはずっとあったのだと思います。深い所で人間を信頼していなかった自分が解ったようでした。

これは私に仏教が身近で、あの仏様が好きだったから、このような空想になり、それが寝入りばなに現れたのだろうと理性では理解しています。

しかし客観的にはありえないことでも、主観的には現実でしたから、実際に心や体が癒えたのでしょう。

私は、満足し眠りにつきました。

3回目 体験後 に続く