お酒をやめた日
今回の内観もうまくいったとの満足感を胸に、内観研修所を後にしました。
都心某ビルの展望階へ行き、ビールやカクテルを注文。夕方から夜景に変わる景色を楽しみ、最高の気分でした。
帰路、自宅の手前に見慣れない白い車が止まっており、中から浅黒い肌のアジア系の若い男性が出てきました。
私の家は国道沿いを一本入った住宅地にあり、そこへ止める人は基本的にみな住人のはずですが、彼は違うようだと酔った頭でおぼろげに思いました。
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「すみません、ここから○○(地名)へ行くにはどちらですか?」
彼が明瞭な日本語で話しかけてきました。
「あっちですよ」
私はすぐに国道のそちら方面を指さして答えました。
「ありがとうございます。ちょっとお話よろしいですか」
「??(もう用事は済んだけどな)どうぞ…」
既に自宅のそばでもあり、ベロベロに酔っていた私は鷹揚な気持ちになっていました。彼は隣県で働くアジア系男性で、イギリス留学後英語教師をしているとの事でした。
深夜にそこを通った女に話しかけたかっただけだろうと気づきながら、適当に受け答えをしていました。
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酔った私は終始上機嫌で「ウチの母が英語が得意だから今度母に会ったら」など、和やかに20分ほど立ち話をして彼と別れ、帰宅しました。
次の日朝起きて新聞を取りに玄関を出たところ父から
「昨日の夜若い男が庭に入ってきた、お前知らないか」と聞かれ
「知らないよ?!」と返し、はっとしました。
立ち話をした彼が私を追って、自宅の庭まで入ってきたのだと気づきました。
その後どうしたか聞くと、たまたまそこにいた父がそれに気づき
「誰だあんた!」と返すとびっくりして逃げて行ったとの事でした。
この事件は幸いそれだけで終わりましたが、暗澹たる思いが押し寄せてきました。
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私が酔って適当な受け答えをしたため、その男性を勘違いさせたのは明らかでした。
その結果、父に迷惑をかけてしまいました。そして母まで勝手に持ち出して適当なことを言っていた自分にも気がつきました。
更に、その男性を傷つけました。
そして、一週間内観研修をして下さった所長さんと奥様の事が思い出され、直後にそれらのお世話を台なしにする行動をした自分にまた深いショックを受けました。
父に、母に、その男性に、研修所のお世話に対し、一週間内観をした自分自身に対して。
全てに対し誠実さがない己の姿が、むき出しになり私にせまってきました。
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人にかけた迷惑やお世話に敏感になるため、内観を続けた一週間の直後に、私はこのようなことをしでかしたのです。
明らかに油断し、自分の悪さを甘く見ていました。
自分の性根が何一つ変わっていなかったこと、お酒を飲んだことで、普段理性で押し隠している元々ある自分の悪いものが露わに出てしまったことがよく解りました。
薄情さ、自己中心性…。
私は動揺し、繰り返し自分のしでかしたことと、自分自身を反芻しました。そしてこの時、そういう自分の本性が本当に怖ろしいと思ったのです。
アルコール依存症の私の脳は飲みたい、飲みたいと常に求めている。イライラした時、ホッとした時。少しでも油断すれば飲む。飲めば押しこめている悪いものが、もろに出てくる。
何度内観を繰り返そうが、自分の醜さは無くなってなどいない、ただそれらを理性で押さえているだけ、自分という人間の本性は本当に汚く怖ろしいとその時感じました。
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私はお酒をやめることにしました。そして未だに断酒を続けています。
よく宴席でお酒をやめたと話すと、どれほど深刻なことがあったかと思われるようですが、そのきっかけはこのエピソードなので、納得してもらうのが難しい事もあります。
事実のみを話すと
「酔って話した男性が家について来て、父とその人の両方を驚かせた」
だけで、一見お酒をやめるほどの失敗ではないように見えるからです。
しかし、その前の状況を合わせると、私にとっては非常に深刻な事態でした。
アルコール依存症だから断酒しか治療方法がない、とカミングアウトする事もあります。
世間ではアルコール依存症の実態(治療法が断酒しかない)を知らない人がほとんどなので、腑に落ちないような顔をされつつ、飲み始めると皆そんなことはどうでもよくなり、賑やかに話に集中していきます。
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断酒から3年を過ぎました。飲みたくなったことは何度かあり、数回失敗もしていますが、2日以上は引きずっていません。断酒については本当に満足しています。
いまは甘党になり、お茶やデザートを楽しんでいます。今生の私とアルコールとの縁はここまでだったようです。
※
自身の経験からも、内観が歴史的にアルコール依存症に効果を発揮してきたことは、よく理解できます。
仕組みは「理性の無くなった本音むき出しの自分」を冷静な目で見つめた時、「耐えがたいその醜さに愕然とする」なので、断酒補助剤も必要ないし、その効果も持続的なのです。
4回目 集中内観 へ続く