内観ノート 5年間の内観の記録

私の内観の記録

私は初めて内観を体験した2006年末から、内観する時にはノートをつけていました。この時どこで働いていた、何があったと書いていくと、当時の事を思い起こしやすく、自然に他の記憶も浮かんでくるからです。

他の方の事は解りませんが、たぶん普通は使わないで行うものだと思います。ノートを書くことは許されていましたが、面接のときにはノートを置いて、面接者の方に調べたことを報告をしなくてはいけません。

人さまにお見せするようなものではありませんが、どういう感じで心が変わっていったか解りやすいと思うので共有します。

(1回目)

2006年12月31日~2007年1月4日分 集中内観 初体験時の表紙。

内観2日目。父親に対して調べ始めた。

してお返ししたこと。嫌だったのに我慢して従ってやった、という気持ちがよくにじんでいる。この欄にはふさわしくない罵られた恨みも出てきてしまった。父は言葉が汚く、暴力的に怒鳴る、脅すは日常茶飯事。私にはずっと恐怖と憎しみしかありませんでした。

迷惑をかけたことは一つも思い出せなかった。

恨んで怒っている様子がよく出ている。とてもまだ「内観」にはならなかった。

 本山先生に内観のことを教えてもらったときのメモ。不幸の三大要因。

模範的な親を求める自分は、模範的な子どもなのか。それは私の人生になかった視点でした。

(5回目)

2011年9月13日~16日分 5回目の集中体験時表紙。

高校時代におかけした迷惑。迷惑をかけた事がたくさん思い出されるようになった。

2回目に父への憎しみがなくなってからは、こういう気持ちで内観していました。

カウンセリングは時間がかかりすぎる。醒めた自分に催眠はかかりにくい。(それに両方とも一般的に効果の割に高額)内観は私にとって唯一、自分の経済力で受けられ、その上はっきりと効果の実感できた心の治療法だったわけです。

母にしてもらったこと。エプロンの色やデザインまで思い出せるようになった。安らぎを感じる記憶に浸り、迷惑をかけた事も自然と思いだされていく。誤解されやすいが、内観は自分を責めるようなものではありません。まず愛情の実感が先に来るのが内観の功徳と思う。

ずっといえなかった事も素直にいえるようになった。簡単なようでいて、私には最も難しい事だったと思います。淋しかったこと自体、無意識に感じないようにしていたので。

4回目の内観で爆発するように泣いてから、心からそう思えるようになりました。