藤川和尚さんのこと(3)別れ 煩悩即菩提 生死即涅槃

動揺

—形見になったタイの仏様。大切にしています。

和尚とは距離を置きながら自分なりに仏教の勉強を続けていた(というより仏教の本を読むことが何より好きになって行った)私でしたが、それから半年後くらいでしょうか。

やはり、自分にとっては仏教を教えて下さった師であり、ありがたい存在なのだから、御礼を言っておこうと久しぶりに会っていただくことにしました。

夏の暑い日でした。久しぶりの新大久保で待ち合わせました。

ほんの半年会っていないだけなのに、明らかに身体が悪くなっている様子が一目で見て取れました。

まつ毛が白くなり、黒目の色が薄くぼんやりし、はかなげな印象になっていました。歩き方もよちよちした、小股なものになっていました。

ブログなどで何となく様子は知っていましたが、目の当たりにした衝撃に私は内心の動揺を抑えながら、案内されるままエスニックレストランへ向かいました。

老病死

おじいちゃんになって驚いたやろと言われ、慌てて否定しましたが、全部伝わっていたと思います。

ガンになった、その治療をしている、次は手術など、最近の様子を聞きました。糖尿は知っていましたが、だんだん病気の数が増え、どの病気の治療をすれば健康になるかわからないような感じでした。

以前に2度目の内観をして、父への憎しみがなくなってから会った時、和尚は私を明るくなった、明るくなったと驚いてくれました。

解ったやろ。父親がお前を、愛してはいたことを。ただ、お前が望むような愛のかたちではなかっただけで。

仏さまの心

場所を変えて近くの喫茶店へ。アイスコーヒーを二つ。

そこではアメリカの自己啓発セミナーで、何十万もかけて行う内容は内観だという話をしてくれたり、いつもと変わらず私の父親についての考えを諭してくれました。

和尚はガンの宣告をされてから、本当に生まれて初めて出家したようだと話してくれました。新しい場所へ出会いを求めに行くよりも、今までに会った人達にお礼を言ったり様子を見てあげたくなったということも。

だから私に会ってくれたんだ、と気づきました。

そういって、頭陀袋の中から全長3cmほどの掌に乗る小さなタイの仏さまを取り出して私にくれました。携帯していつでも仏と一緒にいられるようにと。今まで会った人に配ってくれていたそうでした。

この仏さまは無くすのが嫌で、持ち歩きはせず、ずっと自分の部屋のよく見える位置に飾っています。人は死が近づくにつれて、本当にどんどん心が仏に近づいて、穏やかにやさしくなっていってしまうのだとも知りました。

そして突然、和尚はこういうのです。

最後の教え

お前はナ、自分で気づいていないけれど自分のことを否定しているデ。
お前は気づいていない。でもそうしてる。
ええやんか。派遣社員でも。一生懸命仕事探したんやろ。
それで自分が一生懸命やった結果ならそれでええやんか。
だから、もうそんなことはやめなさい。

私は、ふいにそんなことを言われ、涙が止まらなくなりました。

言ってくれて、教えてくれてありがとうと言う気持ちと、自分はなぜそんなに自分を責めなくてはならなかったのか、なぜそんなことを無意識に続けてきたのか、自分でもどうしようもなかった悲しさが一度に押し寄せてただ泣くしかありませんでした。

和尚はバツの悪そうな顔をしていました。

はよ往け、と言われ、泣きながらうなずいてレシートを掴み、会計を済ませ表へ出ました。結局、これが直接会って最後の会話になってしまいました。

煩悩即菩提

電話での最後の会話は年明けの正月でした。元気?ありがとう…。いろいろ話していて、見舞いに来てほしいと言われ、わかったとうなずきました。1月末の資格の試験が終わったら行くと。

私は結局お見舞いに行けませんでした。正直に言うと、私は死ぬ寸前の人に会うことが怖かったのです。申し訳ありませんでした、許してくださいと思っています。

和尚の死を知ったのは偶然、会社で「煩悩即菩提」の検索結果からでした。(私はよく頭の中に仏教用語が浮かび、意味を調べていることがある)

和尚と生前交流があったお坊さんのブログがヒットしたのです。

とりみだし、和尚を一番近くでお世話して下さっていたNさんへ連絡しました。オモロイ坊主のブログには最後のお別れ会の様子が写っています。

ここで静岡のDさんとも久しぶりの再会をしました。Dさんからは、内観後に会った私があまりに変わっていたようで驚かれたものです。

とても落ち着いたね、よかったねと言ってくれました。

ありがとう

2年経ちました。亡くなる前に思い直してお会いできて本当によかったと思います。

結婚したい男が出来たら品定めしてやるから連れてこいと言ってくれていたのに、その前に亡くなってしまわれたことが残念です。

この縁がもとで、私はこのサイトを作りました。

いま出る言葉はただありがたい、ありがたい…不思議、不思議…。

色々なこと、許してください。本当にありがとうね。
生きとし生けるものが幸せでありますように

合掌

オモロイ坊主を囲む会

タイでオモロイ坊主になってもうた

作者:藤川チンナワンソ 清弘 (著)
出版社:現代書館
発売日:2003/05
メディア:単行本