依存症からの回復(4)まとめ AC回復に大切なたったひとつのこと

観えれば、ぬけられる

Blind Men and the Elephant (Hello Reader!, Level 3) Karen Backstein (著), Annie Mitra (イラスト)

人間のもっとも根本的な煩悩

といわれる貪瞋痴。

仏教を学び身近になった言葉でしたが、貪瞋はわかるが、痴とはなんだろう、と改めて考えていた頃、腑に落ちる説明に出会いました。

盲人、象を撫でる

比丘たちよ、そこで、王は、盲人たちに問うて言った。
〈象はどんなものだったか。言ってみるがよい〉と。
すると、一人の盲人は、甕(かめ)のようでしたと言った。
彼は象の頭を撫でたからである。
また、一人は、箕(みの)のようであったと言った。
彼は象の耳をさわったからである。
また、あるものは、犂(すき)のようであったと主張した。
彼は象の牙をあたったからである。
さらに、あるものは、轅(ながえ)のようでありましたと答えた。
象の鼻を撫でたからである。

仏教百話 増谷文雄 ちくま文庫 群盲の象を撫でるがごとし)

この古話は貪瞋痴の「痴」をあらわし、(時には無意識のうちに)小さな自分の考えに捕らわれがちな人間の心の弱さや智慧の至らなさを表すという常仙寺住職の解説に、私はようやく「痴」の意味が腑に落ちたと思いました。

煩悩(貪瞋痴)と涅槃/並榎山常仙寺 今月の言葉

なぜなら内観するまで、私自身がまったくその通りだったからです。貪も瞋も痴(愚かさ)から生まれるという記述は正しかった、とも解りました。

想月 三毒考

両目をひらいて象を見る

間違った思い込みが、不幸を生み続ける

それまで思っていた自分と、内観して見た真実の自分は違うものでしたし、親の実像も違うものでした。

自分は親に愛されなかったという一面的な見方

は、長年にわたり私の心に

貪り(渇愛)と怒り(憎しみ)

を大量に生み出しました。

一部しか見ていないことに、気づけない

その結果、私は喫煙、摂食障害、アルコール依存、対人トラブルなど大きなマイナスに苦しみ続けたので、「痴(おろかさ)」の意味は身に沁みて理解できたのです。

人間の根本的なおろかさ、無明とは、認知療法でいう「スキーマ」(思い込み)とほぼ同じ概念です。私は自身の狭い認知から出られず、その狭さにも気づいていませんでした。

智慧:(仏語)物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力。(デジタル大辞泉)

全体が見えてはじめて正しい判断ができる

仏教でいう智慧とは仏のものです。人間には何かしらの思い込みのクセは必ずある。しかしわずかでもその視野に近づこうとする努力が「内観」といえます。

この話で例えれば、

内観とは、両眼を開き象の全体を見る行為

です。

間違った思い込みをブチ壊す

盲点に気づく試み

どんな人にも、あることすら気づけない「思い込み」。認知療法や内観はその「思い込み」に気づき、手放す方法をとる。

それが症状が再発しにくい大きなポイントです。

自分で自分を客観視するのは本質的に難しいので、逆にそれができれば、変われる。

内観は認知療法

内観は己の存在そのものについて徹底的に調べる

「強力短期集中」の認知療法

であり、それゆえ(私もそうでしたが)劇的な人生観の転換を起すこともあります。

結果、アルコール・過食などに依存していた人も、必要を感じなくなる。

私も両親の愛情が確信でき、安心して生きられるようになりました。止めてみたらお酒もタバコもなくて大丈夫だったし、苦しい過食など、もうありえない選択肢です。

出来すぎのようですが「思い込み」とはそういうものです。

この本にも

同じことが書いてありました。

二重洗脳―依存症の謎を解く磯村 毅 (著) 東洋経済新報社

作者:磯村 毅
出版社:東洋経済新報社
発売日:2009/9/18
メディア:単行本(ソフトカバー)

最先端の心理治療は2600年前の教え

初期仏教にふれていた私には、心の治療法は、けっきょく2600年前のお釈迦様の教えへ来るんだ、という思いでした。

amazonでは両極ですが、ほとんどが好意的なレビューです。

読むだけで

何らかの気づきを得る人も多いようなので、(そういう人は絶賛している)何らかの依存(タバコ・アルコール・ギャンブル・セックス等)に悩む方におすすめです。

じぶんの言葉で話す練習

アルコール依存症患者の回復過程

はそのまま、ACからの回復を考える上で役立ちます。

季刊BE!過去記事に、ACからの回復を考える上でとてもいい文章があったので引用します。

酒をやめられるか、やめられないかの分かれ目は、どこにあるでしょう。
お金があるかどうかではないし、仕事があるかどうかでもない。
「自分の事を自分の言葉で話せるか」にかかっていると思います。

入院中に患者さんたちが何をするかといったら、一番大切なのは、自分の事を話すトレーニングを始めることなんです。
それができないのは、「否認」があるからですよ。

 病院でも、「この本を読んで自分と同じだと思う所に線を引いてください」と言うと、「ここは違う」「ここも違う」と、違うところにいっぱい線を引いてもってくるからね。(笑)

あげくは、きのこ採りの話だとか、政治の話だとかを始める。そうかと思うと、他の患者の悪口を言ったり、妻の文句を言ったり、「あの白坂のやつ!」とドアを蹴ったりしますからね。

自分のことを見たり、自分のことを話す勇気が出ないから、そうやって逃げ回っているんですよ。自分をありのまま見ることができれば、今のままではまずいとわかるんです。

じぶんをありのまま見る

皆さんは、冠婚葬祭、お祭り、正月、盆…こういうときが正念場ですね。

「少しぐらいなら」と思う人は、飲んで再発に至る。
「俺は絶対に飲まないぞ!」と必死にがんばる人は、その場が何とか終わったところで、ホッとして飲んでしまったりする。
「こんなに長いことやめていたんだから、もう回復した」と思う人も、飲んでしまう。
「俺はちっとも飲みたくないから大丈夫」と言って、お酌なんかして回る人も、いずれ飲んでしまう。

どれも、否認なのです。

がまんしないで、しゃべる

「飲まずにいなくちゃと思うけど、できるかな。少し不安だな」と言えたなら、まず大丈夫です。気持ちを素直に口に出せたということだから。

自分が不安だと認めることができたら、不安が少なくなるように行動することができます。そこで、どんな行動をとるかが肝腎なんですよ。できることはたくさんあります。何だか嫌だなあと思ったときに、それを口に出すのもできることのひとつ。
たいていの人は、こんなことを言ったらどう思われるかと気にして、気持ちをがまんしてしまう。自分の気持ちを言わないで、理屈をこねまわしたり、他の人を攻撃してみたりする。

言わずにがまんした分を、今までは飲んで晴らしていたわけです。
酒をやめつづけるためには、がまんしないでしゃべることが大切です。

(季刊Be!83号 名物ドクターのアルコール教室 [北海道]石橋医院 院長 白坂知信ドクターの巻 より)

季刊Be!総もくじ(83号ページ)
アスク・ヒューマン・ケア オンラインショップ

持っていなかったスキル

http://www.flickr.com/photos/73230975@N03/6874324473

そのとおりだった自分

読んだ時、回復の貴重なヒントを得たと思いました。断酒はできましたが、心の癖はまだ残っていたと気づいたのです。

自分の悲しい、淋しいなどのネガティブな気持ちを無視する。(本当に気づかないことも多い)伝えたい相手にその気持ちを伝えない。

このクセの修正法

は、まず自分の気持ちに耳を傾けていい、優先していい、と知ることです。自分の気持ちに条件をつけない、嫌わない。

私も多くのACと同様、普通の人なら考えもせずできる、こんな当り前のことが苦手です。

結局、ACからの回復に大切なことはたった一つです。

です。

自分の本当の気持ちを、伝えたい人に言えるようになる。

「自分の気持ちに気づく、注意深くなる」これこそヴィパッサナー瞑想の技術なので、瞑想もこれからだと思っています。

(私は心にネガティブな感情が多かったので、瞑想よりまずはその掃除に夢中になってしまい、それが内観でした)

自分の育て直しをしよう

http://www.flickr.com/photos/7301623@N06/2910495143

自分に訊ねるクセづけ

うまくできなくても、自分の気持ちを表現し、伝える努力はし甲斐のある努力です。このサイトのように文章なら時間を置いてみれば、本心と違うことも解ります。

依存を本当に卒業していく

ことは、健康なコミュニケーションの技術を学ぶことでもあります。自分のささいな思いを大切にする積み重ねが、他者の尊重にもつながります。焦らず自分の育て直しにつきあっていきましょう。

(依存心について おわり)